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ロシア語キーボードのお話

 
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ロシア語で用いられる文字をキリル文字といいます。

この文字は、スラヴ人という言語グループに属する人々のために成立した歴史があり、ロシア語のみならず、ベラルーシ語やウクライナ語、ブルガリア語やセルビア語などといったスラヴ語派というジャンルで定義される言語を使う国々でも使用されています。

 

初期のキリル文字の成立は、中世の時代まで遡ります。

キリスト教がスラヴ語派地域に布教される過程で、典礼を現地の人々の言葉で理解しやすい表記とする必要がありました。

宣教師として派遣されていた聖キリルと聖メソディウスという2人の兄弟は、その目的の為、当地の地政学的にも影響の大きかったギリシャ語のアルファベットを派生させ、西暦862年から863年の時期にグラゴル文字を作り出しました。

 

グラゴル文字は、成立以後から記録や書籍に活発に使われ始めますが、彼らと対立していた東フランク王国系の宣教師は、典礼におけるスラヴ語の使用に異議を唱え、その表記に用いられたグラゴル文字も、発展に陰りが見え始めました。

やがて、弟のキリルが869年に、兄のメソディウスが885年に亡くなります。

それを契機に、彼らの弟子たちが追放されるという憂き目にあいましたが、弟子たちは追放の地、第一次ブルガリア帝国にあったプレスラフ文学学校という場所で、グラゴル文字を改良したキリル文字を作り出しました。

キリル文字は次第に表記の難しいグラゴル文字にとって代わり、スラヴ語圏の典礼言語のみならず、生活言語の表記として使われることとなります。

 

スラヴ語派に属するロシア語にもキリル文字は浸透していきました。

ロシアでは1613年にロマノフ王朝が誕生し、ツァーリ(皇帝)に権力を集中させる体制が強化されますが、政治経済から文化におよぶ統治機構が行政として発展する中、言語の標準化が必要となってきます。

1700年ごろから1900年に至るまで、ロシアでは幾度となく言語標準化のために、正書法の改革が行われ、キリル文字・記号の改廃が実施されました。

正書法の改革は、統治と関連するため、ロシアの歴史において大きな出来事である1917年のロシア革命の際にも行われています。

 

片や、タイプライターに関しては、ロシア国内で1870年初頭に、ミハイル・イワノビッチ・アリソフという人物の発明による印字装置の記録がありますが、この装置が量産され普及することはありませんでした。

一方で、ロシア革命以前より、外国で作られたタイプライターによるキリル文字のタイプライターは使用されていました。

時期的に当時のタイプライターは、アメリカ製が多かった可能性が高いのですが、既にメーカが異なっていてもキリル文字の配列は同一でした。

この、配列標準化の成立過程は不明ですが、JIUKEN配列という名称で知られています。

 

ここでのポイントは、キリル文字タイプライターが、1917年のロシア革命以前より使われていたという事実です。

革命直後、例によって正書法の改革が行われましたが、この改革による文字の改廃の影響を受け、「JIUKEN」配列は成り立たなくなります。

正書法の改革の結果を踏まえ、当時のキリル文字タイプライターは、「JCUKEN」配列として成立し、コンピューター入力配列の時代となった現代でも、ロシア語をはじめとするキリル文字の標準配列となっています。

 

なお、1928年から1929年の間には、当時の重工業の拠点であるカザン(現在のロシア連邦タタールスタン共和国首都)において、国内最初のタイプライター「Yanalif」が量産されます。

ただし、この「Yanalif」タイプライターは、ロシア(当時はソビエト)初のタイプライターにもかかわらず、当初はラテンアルファベットのキーで製造されていたようです。

 

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