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ヒンディー語キーボードのお話(1)

 
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パソコンの外国語キーボードは、言語や成り立ちにより様々な配列の種類があります。

今回のテーマは、前回の話題となったウルドゥー語を国語とするパキスタンのお隣、インドのヒンディー語の言語とキーボード配列です。

 

ヒンディー語とウルドゥー語は、ほぼ同一言語といっても過言ではない特徴を有しているものの、大きな違いとしてヒンディー語はデーヴァナーガリーという文字を使うことは、前回のこのブログでもお伝えいたしました。

ではこのデーヴァナーガリー文字はどのようにして出来た文字なのでしょうか。

まず、遡ること2000年以上前、紀元前の時代に成立したブラフミーという文字の存在が重要となってきます。初期のブラフミー文字は、紀元前250年前後頃、当時のインドでたいへん栄えたマウリヤ朝のアショカ王が、自らの勅令を刻ませた石柱の碑文に見ることができます。

しかしながら、なにぶん2000年以上前の出来事ですので、ブラフミー文字の成立過程や正確な起源は、現在においても決定的な結論は出ていません。

(近年あらたに発見された、ブラフミー文字が刻まれた碑文とかけらを分析したところ、紀元前6~7世紀に遡る結果となったとの見解も出ていますが、一部議論があるようです)

ブラフミー文字それ自体は、現在において使われていませんが、長い年月を経た中で様々に派生しています。

今回のテーマであるヒンディー語表記に用いるデーヴァナーガリー文字はその筆頭ですが、他にもベンガル語で使われるベンガル文字、タイ語、カンボジア語、ラオス語などでそれぞれ使われる独特の文字も、実はこのブラフミー文字を基に言語的特徴を反映して成立していったものです。

ブラフミー文字から発展した文字群は、ブラフミー系文字というジャンルでまとめることができます。

 

派生して新たな文字が作られる過程の中で、デーヴァナガリー文字は生まれていきます。

まず、インド北東部で、創始者グプタおよびその孫のチャンドラグプタ1世により興ったグプタ朝において、ブラフミー文字から派生したグプタ文字が成立し使われ始めます。

このグプタ王朝はヒンドゥー教を信仰していましたが、仏教やジャイナ教といった他の宗教も否定されることがありませんでした。また、それら宗教に共通して欠かせない典礼言語のサンスクリット語が、王朝において用いられていたことも、後のグプタ文字からデーヴァナガリー文字への発展の過程において大きな意味を持つこととなります。

なお、サンスクリット語は梵語という名称で、現代の日本でも仏教で使われる典礼言語として健在ですが、現代では、

・日本におけるサンスクリット語(梵語)の表記=梵字(悉曇文字/しったんもじ)

・インドにおけるサンスクリット語(梵語)の表記=デーヴァナーガリー文字

となっており、当時のグプタ朝においては、

・サンスクリット語(梵語)の表記=グプタ文字

であり、言語と文字の相互関係が異なっていることに留意する必要があります。

(サンスクリット語は、前述のブラフミー文字で表記されていた時代もあります)

 

グプタ王朝と共に栄えたグプタ文字は、その後王朝の衰退と共に廃れていきます。

系譜として前段の梵字やデーヴァナーガリー文字の成立に繋がっていきますが、分量の関係で次回に続きます。

 

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