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ドイツ語キーボードのお話

 
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ドイツ語キーボード|QWERTZ配列とタイプライター

ドイツではQWERTZという配列のキーボードが使われます。

QWERTYから派生しているため、アルファベット部分のYとZが置き換わっています。

 

「ドイツ語の誕生と発達」

ドイツのほかオーストリア、スイス、ベルギー、ルクセンブルク、リヒテンシュタインの公用語であるドイツ語は、およそ1億3千万の人々が母語として話す言葉です。

そのドイツ語は、インド・ヨーロッパ祖語から派生したゲルマン祖語から発達した言語であろうと考えられています。

ここでいう祖語とは、実在した記録の残っている特定の言語ではなく、現在ある言語の分析などを通し、元になったであろうと推察されている仮説上の言語のことです。

紀元前5世紀ごろに成立したと思われるゲルマン祖語は、その後も分化を繰り返しますが、その過程の中でやがて、現在のドイツ北部やその周辺に現れる北部方言の低地ドイツ語と、現在のドイツ中部から南部、スイスやオーストリアなどの地域に現れる南部方言の高地ドイツ語に分かれていきます。

これらの中から、後に現代ドイツ語の系譜の元となる、古高ドイツ語という言葉が生まれます。

この古高ドイツ語は、子音推移という音韻の変化や、ラテン語の影響を受けるといった歴史を経て、中世以降に更に中高ドイツ語、近世高ドイツ語と発達していきます。

やがて宗教改革、ルネサンス時代の後の1617年、それぞれに方言として存在していたドイツ語の標準化を行う国語協会「実りの会」がワイマールにて設立されます。

実りの会は文法の整備、辞書の編纂、文学批評や発音の指導といった活動を1680年まで行っていました。

この活動の影響は大きく、この時代1650年ごろには、現代ドイツ語である「新高ドイツ」が使われ始めたと見られています。

 

「QWERTZのキーボード」

1870年代以降、実用的なタイプライターの生産がアメリカで開始されました。

「QWERTY ― キーボードと配列(2)」

ドイツでもそれらアメリカ製の複製やライセンス生産が行われていましたが、1890年代に至ってもごく少数にとどまっていました。

練習により誰もが簡単に使えるタイプライターは、自らの立場を失うことを恐れた書記や速記という職業にたずさわる人々により否定的に扱われていたことが原因だったようです。

 

1898年、フランクフルトのアドラーヴァークという機械メーカーの創業者、ハインリッヒ・クレイヤーは、アメリカのウェリントン・パーカー・ギダーという人物が開発し、カナダで生産されていた「Empire」というモデルのドイツでの製造権を獲得し、生産を開始します。

このEmpireは、しばらく後に「アドラー」と改名し、アドラーヴァーク社も後継機種を継続的に発売するようになります。また、この頃からドイツでは多数のタイプライターメーカーと製品が市場に出るようになりました。

 

QWERTZ配列はYとZが置き換わっているものの、他のアルファベットの配列からQWERTY配列が元になっていることにほぼ間違いはありません。

しかし、変更の経緯に関しては、詳細な記録を探すことが困難であり、同時代のフランスのAZERTY配列と同様の疑問にぶつかります。

 

前出アドラーヴァーク社の最初のモデル「Empire」の1898年製では、既にQWERTZというキー配列になっていることが確認できます。

現在残っているこれら初期モデルのキーが、製造以降の時代に付け替えられたものでなければ、既に1898年時点でドイツ国内のタイプライターのキー配列がQWERTZとなっていたことがうかがい知れます。

 

コンピューターの時代となった現在、ドイツではドイツ規格協会によりQWERTZの配列が標準として規格化されています。(規格番号DIN2137 T1-T3として)

 

パソコンにキーボード表示を追加できる「マルチリンガルキーボードラベル」ドイツ語(記事中でご紹介したドイツ標準「QWERTZ-T1」配列)版は、下記にて発売中です。

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