ヒンディー語キーボードのお話(2)
前回に続き、インドのヒンディー語の言語とキーボード配列についてお伝えします。
インド古来に成立したブラフミー文字が、長い年月を経て様々に派生する中で、グプタ文字は生まれます。
グプタ文字を生み出したグプタ王朝が6世紀中ごろに衰退し、共にグプタ文字もやがて使われなっていきます。しかし、大きな勢力であったグプタ王朝のもとで進歩を遂げた宗教、芸術、科学は、グプタ文字によって記録され、偉大で価値の高いものとなっていました。
当然、衰退することにはなっていても、グプタ文字が他の新しい文字に与える影響は大きく、6世紀中頃までにはシッダム文字、7世紀初頭にはナガリ文字という形で派生し普及していきます。
ここで面白いのは、前回の記事において現代では、
・日本におけるサンスクリット語(梵語)の表記=梵字(悉曇文字/しったんもじ)
・インドにおけるサンスクリット語(梵語)の表記=デーヴァナーガリー文字
とお伝えしていますが、悉曇文字(しったんもじ)というのは、発音からも分かる様に6世紀中ごろまでには成立していたと見られるシッダム文字のことです。
また、7世紀初頭には成立していたナガリ文字は、上記のデーヴァナーガリー文字の原型となった文字です。
シッダム文字とナガリ文字には発展した地域に差があるという事実もあり、そのことも影響しているかも知れませんが、それぞれの成立と発達時期の差も、なぜ日本へ伝わったサンスクリット表記がシッダム文字であるのか、という問いへの回答に繋がるのではないでしょうか。
さて、一方のナガリ文字ですが、「都市、居住地」という意味のナガルに由来しています。
もともとは「都市に属する」「都市に関連する」文字という意味合いも、時間の経過とともに「神、天国」という意味のデーヴァが付き、「神の都(の文字)」という意味を持つデーヴァナガリーへと名称の進化を遂げます。
さらに10~11世紀ごろまでには、前述のシッダム文字に代わるサンスクリットの主要な表記として定着し、やがてその勢いは、インドにおいてそれぞれ派生し進化していた、他のブラフミー文字の衰退をも招きます。
現代に至り、ヒンディー語はインドの連邦公用語と定められています。また、その表記方法は、国家言語の文法の統一を図る意味合いからデーヴァナガリー文字を使うことを標準としており、デーヴァナガリー文字はその存在を確立することとなりました。
デーヴァナガリーを打てるタイプライターは1930年代に登場しました。
インドでは後に標準化されるInScript配列が登場する以前より、「レミントン」というキーボード配列が確立されていました。
レミントンとは、「E. Remington and Sons.」(当時)という、インドで非常に普及していたタイプライターを製造していたアメリカの会社を指します。
しかし、デーヴァナガリーの表記体系は複雑で、26文字で構成されるラテン文字アルファベットを基にしているタイプライターに、デーヴァナガリーを搭載することには多くの困難がありました。
やがて、アナログからデジタルの時代に移行し、アナログ時代では解決の難しかったデーヴァナガリーも、技術的に問題を克服できるようになりました。
1986年には、インド政府機関である通信情報技術省の傘下、電子工学・情報技術局の後援により、「InScript」という新しい配列が開発され、標準化されることとなりました。
InScriptは、デーヴァナガリー文字以外のブラフミー系文字の配列においても標準化されています。
ブラフミー系文字は、アルファベットの表音の順が同一なため、例えば使用者はあるブラフミー系文字を知らなくても、聴いた音を自分の知っている文字表記で入力すれば、該当するブラフミー系文字の入力ができる構造となっています。
デーヴァナガリーを含め12のインドにおいて用いられるブラフミー系文字をサポートしていることから、インドのスクリプトという意味で、「InScript」と名付けられました。
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