タイ語キーボード | 独自配列への挑戦

今回は東南アジアの王国であるタイの言葉と文字、そして独自の配列をもつキーボードの系譜がテーマです。

タイ国内で話される言葉は62種類!

タイは国土がラオス、ミャンマー、カンボジア、マレーシアと接しています。

多様な民族、文化、宗教が混在するという地理的条件があり、実はタイ国内では、多くの種類の言語が母語として使われています。

公用語であるタイ語の他に、
・北タイ語
・南タイ語
・イーサーン語
・ラーオ語(ラオスの公用語)
・クメール語(カンボジアの公用語)
・ベトナム語(ベトナムの公用語)
・モン語
・シャン語 他
といった言語が使われており、タイ政府は国内で使用されている言語の総数は62言語と認識しています。

一般的に「タイ語」として認識されているものは、中央タイ語という言語、その中でもアユタヤ地方の方言を基とした標準タイ語でありタイの公用語です。

なお、中央タイ語という区分での母語人口は2,500万~3,500万人程度とされているものの、前述のラーオ語やイーサーン語とは言語的に類似しており、音声であれば相互の理解が平易という関係にあります。

そのようなタイ語とラーオ語の関係は、以前ご紹介したヒンディー語とウルドゥー語の関係と似ています。

 

タイ文字はブラーフミー文字ファミリー

タイ語を記述する際に使われるタイ文字の源流は、ブラーフミー文字です。


タイ文字自体は、ブラーフミー文字から派生したクメール文字を基に作られたものと考えれていますが、クメール文字とは異なり、トーンマーカーという発音(音声)表記を用いる特徴があります。

単語の抑揚や強調を表記することにより、単語の区別や活用を行うトーンマーカーは、あらゆる言語の中でタイ文字が初めて使用したとする研究もあります。

しかしながら、タイ文字の出現については、はっきりと証拠に残る記録はありません。

 

タイにおいて広く浸透している説は、かつて存在したスコータイ王朝(1238-1438年)の3代目の王、ラームカムヘーン王が1283年に作成したというものです。
ただしこの説は、研究の世界で広く認められている事実ではないようです。

タイ文字の出現時期の主張、またはその否定の根拠として、ラームカムヘーン王の時代に作られたという「ラームカムヘーン碑文」という石碑の存在があります。

この碑文は1833年、時の国王ラーマ4世が出家中に発見したものとされ、そこにはラームカムヘーン王の時代の治世や風習が、タイ文字で記されています。

当時の様子を伝える貴重な資料であり、また、確認できる最古のタイ文字の記述である、という事から、2003年にユネスコの「世界の記憶」遺産に登録されました。
一方、この石碑はねつ造されたものであるとの主張があり、現在に至るまでその論争は終結していません。

これらのことにより、タイ文字の起源は解明が難しいものとなっています。

タイ語のタイプライターとキーボード配列

タイのタイプライターの歴史は、ラーマ5世の治世である1891年に遡ります。

タイ生まれのアメリカ人、エドウィン・ハンター・マクファーランド氏は、タイ教育省の委嘱を受け渡米し、タイ語タイプライターの実現可能性を研究することになりました。

そして、文字数の多いタイ語のタイピングには、ニューヨークのスミスプレミア社の製品が妥当であると判断されるようになります。

当時、スミスプレミア製のタイプライターにはシフトキーがなく、ラテンアルファベットの大文字と小文字は、別々に配置されるという、キーの数の多いものでした。

 

翌1892年、エドウィン・マクファーランド氏は、スミスプレミアのモデルによるタイ語のタイプライターを試作に成功、タイに戻って国王ラーマ5世に献上披露しました。

これがタイにおけるタイプライターの最初の歴史とされています。

 

エドウィン・マクファーランド氏は、試作品であるタイ語タイプライターの製品化と改良のため、再度アメリカに戻ります。しかしアメリカの地で1895年に亡くなってしまいます。

エドウィン・マクファーランド氏亡き後、弟のジョージ・ブラッドレー・マクファーランド氏は兄の意思を継ぎ、1897年にはタイ語タイプライターが正式にタイ国内で販売されるようになりました。
そしてタイの政府機関や企業などで徐々に使用されるようになります。

 

このスミスプレミア社のタイプライターは広く普及していきました。が、しかし、1915年に製造元であるスミスプレミア社が、タイプライターに関する自社の権利を別のタイプライター製造会社であるレミントン社に売却してしまうという事態が発生します。

レミントン社は、スミスプレミア社製のタイプライターは機構的に時代遅れであると判断し、自社の機構による新たなモデルをタイ国内向けとして販売するようになります。

しかし、タイ国内では使い慣れたスミスプレミア社の機構が支持され続けており、レミントン社の持ち込んだ新しいタイプライターは、当時のタイ市場では人気が低迷していました。

 

ジョージ・マクファーランド氏は、1915年に記した日記に、次のように書いています。『スミスプレミアのタイプライターは、タイ語のように子音に富んだ言語にとてもよく合っている。
(スミスプレミア社のモデルがなくなってしまうのは)タイにとって全く残念なことである。』
と。

 

やがてジョージ・マクファーランド氏は、レミントン社のタイ支店と協力し、キー配列の改良に取り組みます。

1931年になり、タイ・レミントン社のスタッフSuwanprasert Kedmanee氏は、キーを当時のレミントン社製タイプライターに合うように改良した配列を考案します。

この配列は開発者の名をとり、以後「Kedmanee配列」としてタイ語タイプライターに採用され普及することになります。

 

タイプライターの時代に一般化したKedmanee配列ですが、コンピューターの時代が到来すると、使いやすくするための新たな配列の提案がなされるようになります。

中でも、Pattachoteという配列は、従来のKedmanee配列よりも運指やそのスピードに勝るとされ、それは国の機関であるタイ国立研究評議会の精査においても、スムーズかつスピーディーにタイピングが行えると結論付けられました。

これを契機としてPattachote配列は、タイの公的機関での使用が推奨されるようになります。

 

しかし、長い年月の間で親しまれてきたKedmanee配列への支持は根強く、Pattachote配列が完全に取って変わることはありませんでした。

結局、Kedmanee 配列はタイ工業規格協会により、1988年に標準配列(規格番号820-2531)として制定されることとなり、以後はKedmaneeとPattachoteという2種類の配列が規格として併存する事態となりました。

現在でも、Windowsの入力ソフトであるIMEでは、Kedmanee配列、Pattachote配列のどちらも入力配列の設定とすることが可能となっていますが、やはり一般的には、Kedmanee配列が根強く支持され続けています。

 

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