QWERTY ― キーボードと配列(1)

パソコンのキーボードの配列は、言語によりその表記が異なる場合があります。

特に、英語アルファベットの配列は、他のラテン文字アルファベット配列をはじめとして、世界中で使われるキーボードに多く見られるパターンとなっています。

今回は、そのキーボード配列について大きな意味を持つ「QWERTY」についてです。

日本語キーボードでもラテン文字アルファベットの部分はQWERTYですが、これはアルファベット表示部分の上端左からQ・W・E・R・T・Yと配置されていることからついた名称です。

タイプライターの登場

キーボードの配列について語るとき、まず重要なのは、それがいつ・どのようにして出現したか、という点ですが、ここではタイプライターの出現にその答えがあります。

タイプライターの発明は、ある特定の一人が、特定の時期に成し遂げたものではありません。そこには長い年月と、多くの人が関わっていたことが分かってきます。

 

一部に記録が欠けていたり、研究が進んでいない部分もありますが、

1575年 ヴェネツィアの版画印刷家フランチェスコ・ランパツェットが紙に文字を刻印する「触知執筆機」という機械を発明。

1714年 イギリス・ロンドンの水道技師ヘンリー・ミルによる「文字筆記装置」の特許取得。特許に装置についての図面はなく、また実際に作られたという記録もありません。

1802年 イタリア・トスカーナの貴族アゴスティーノ・ファントゥーニは、目の病気で視力が衰えた妹のために、文字記述のためのタイピング機を開発。

1808年 イタリア・トスカーナのエンジニア、ペレグリノ・トゥーリは、上記ファントゥーニの機械を発展させ、インクとしてカーボンペーパーを用いた機を作成。
⇒トゥーリ機によるものとされるタイプ文が、イタリアのレッジョ・エミリアに現存。また、ファントゥーニとトゥーリの関係、タイプライターの開発の経緯については現在においても研究中であり、諸説があります。

1823年 イタリア・ロンバルディアのエンジニア、ピエトロ・コンティは、速記のためのパンチ機「タチェオグラフォ」を発明。

タイプライター開発競争の時代

1829年 アメリカ・ミシガン州デトロイトの測量士ウィリアム・オースティン・バートが、「タイポグラファー」を発明、特許を取得しましたが、特許申請に用いた実機は、その後のアメリカ特許庁の火災により失われています。また、このバートのモデルは商業的に成功することはありませんでした。

1830年 イタリア・ピエモンテの哲学者セレスティーノ・ガリが、アルファベットに対応するキーを持つ速記用機械「ポテノグラフォ」を発明。

1843年 アメリカ・コネチカット州ノーリッチの銃器製造会社の共同経営者、チャールズ・サーバーは、会社の製品として実用的なタイプライターを開発、特許取得を行いますが、結局製品化されることはありませんでした。このときの試作品は、後に会社の移転先となるマサチューセッツ州ウスターの博物館に収蔵されています。

1855年 イタリア・ピエモンテの発明家ジュゼッペ・ラヴィツァは、前出のピエトロ・コンティに出会って以後、1935年頃よりタイプライターの研究を始めており、この年、自らの研究品を発展改良した、32のキーを持つタイプライター「チェンバロ・スクリバーノ」で特許を取得。この機種はトリノの工業博覧会で金賞を受賞しますが、高価なため販売はふるいませんでした。  

1861年 ブラジル・パライバ州ジョアンペソアの司祭フランシスコ・ジョアン・デ・アゼベドは、ピアノをヒントに、発声を16のキーで速記するタイプライターを発明。この機種は同年の展覧会に出品され、当時のブラジル皇帝ペドロ二世より金メダルが授与されました。

1865年 デンマークの牧師ラスマス・マリングハンセンは、どの文字をどの指で押せば早いスピードで執筆できるかという実験を繰り返したのち、「ハンセンライティングボール」という、キーボードがボール状のタイプライターを開発。1870年には商業生産を開始し、市販されたタイプライターとしては最初のものとなりました。このタイプライターは、最初の販売以後も改良が施され、1873年のウィーン万国博覧会、1878年のパリ万国博覧会に出展され、両万博において表彰されています。

QWERTY配列のキーボードは、次回に続く開発の流れの中で誕生します。

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